「釈迦三尊」「阿弥陀三尊」という言葉を聞いたことがある人も多いと思います。
釈迦如来も阿弥陀如来も単体で拝まれることもありますが、「三尊形式」と言い、3つの仏がセットで置かれている場合が多くあります。
「釈迦三尊」なら本尊が「釈迦如来」、「両脇侍」(りょうわきじ)に行の「普賢菩薩」、智慧の「文殊菩薩」ですね。
「釈迦如来」と「普賢菩薩」「文殊菩薩」が3つでセット。
「阿弥陀如来」と「観音菩薩」「勢至菩薩」が3つでセット。
「薬師如来」と「日光菩薩」「月光菩薩」が3つでセット。
山岳地に霊的な力があると信じられ、山を神とする信仰も古来より各地にあります。
この「山」という字を見て何か気が付きませんか?そう、正に三尊を現して見えませんか?
また、インドの文化の中ではとても重要視されている三叉槍という槍があります。インドの多くの神々が手にするものですね。
アーユルヴェーダなどでよく言われる「ラジャス、タマス、サットヴァ」や、人の体内にあるエネルギーの流れである「イダー、ピンガラ、スシュムナー」や、「創造、維持、破壊」「現在、過去、未来」などを現したりしますね
三位一体の「父」(キリストが信じた天の神様)、「子」(キリスト)、「聖霊」(神による神秘的なパワー)も3つで一つのセット。
更にA、M、sh。これはカバラ(ユダヤの神秘的思想)ですが、これも3つの音を重要としますよね。
カバラの思想から言えばMは水を現し、shは火を現す。その火と水を調停する息、即ち風がAですね。
このカバラから少しだけ学んだ思想はとても素晴らしいと若い時に思いました。
これ、実は人体に例えると解りやすいんですよね。M即ち水は、その性質から下にいく下降の力、人体では腹があてはまります。shは火で、逆に上昇する力、人体では頭があてはまります。そして両者の間に流れる風、これは人体では胸を現します。
例えば「怒り」という感情をこの3つを用いて説いてみますね。
腹は水ですからその性質が宿るって捉えます。M「むっ」と・・・・
そう「むっとこらえる」ですよね。要するに腹を据えるです。正確には「怒りをおさえる、我慢してこらえる」。水のように下で押さえつける感じです。
これが胸なら「ムカつく」と、胸がむかむかすることですね。また腹が立つことと同じで捉えることが多いようですが、胸がつかえて息を吐き出せない感じです。
最後は頭。「頭にくる」「きれる」などがあります。要するに、火の性質ですから上昇する力。「カッカする」ですね。
同じ怒りでもこうして捉えてみると「本当に同義語かな?」って思いますが、いかがでしょう?カバラを用いた印象では「腹が煮えくりかえる」「腹がたつ」などは、どこか抑え込んで下降させている水のイメージですよね。胸の「ムカつく」、胸がつかえて息即ち風が吐き出せない、風のイメージ。頭も火の上昇の「カッカッ」と燃えたぎる火のイメージですよね。
これも「頭」「胸」「腹」の3つで一つ。または「火」「風」「水」または「sh」「A]「M」で3つ。
何かこの「3」の視点で捉えてみるのも色々と使えそうに思えますが、いかがでしょう?(笑)