ある時、スサノオの7代目の子孫にあたるオオナムチという子が産まれました。

オオナムチは末っ子で、多くの八十神(やそがみ)と言われる兄弟達(異母兄弟)がいました。
オオナムチは、末っ子で体も小さかった為に、兄弟達からは何かとからかわれたり、こき使われたりして、よくいじめられていました。

兄弟たちはある時、皆で女性の話で盛り上がっていました。
因幡に住んでいる一人の美女ヤガミヒメ(八上比賣)の話です。
彼女はまだ独身で嫁いでなく、とても美しいと言われる女性でした。
兄弟たちは、誰が彼女と結婚できるのか?皆で語り合っていました。
そして「では、誰が選ばれるか解らないが、皆で行ってプロポーズすればいい」と、ヤガミヒメに求婚するための旅に出ることにしました。
しかし、彼らの中でオオナムチだけは兄弟からは仲間外れでした。
それでも、彼も八十神(やそがみ)たちと旅に出ます。でもそれは彼が求婚しに行く目的ではなく、八十神たちの従者のような立場で、皆の荷物運びとして同行することが目的でした。

旅に出ると、八十神たちはオオナムチに荷物を持たせているので彼をおいてどんどん先に進んでいきます。それを追いかけるかのように、多くの荷物を大きな袋で担いでオオナムチはトコトコ追いかけていきました。

先をどんどん進んで行く八十神の兄弟達は、気多(けた)の岬につくと、何かがすすり泣く声を聞きます。その声の方に目をやると、それは皮をはがれた一匹のウサギだったのです。
ウサギは「痛い 、痛いよー」と、背を丸めて苦しんで泣いていました。
八十神たちはウサギにむかい「これは惨い」「可愛そうだ」「そうだ、治し方を教えてやらないと」そう口々にみなが言うと、やがてその一人がウサギにむかってこう言います。

「よいか、ウサギ。治し方を教えてやるから必ずその通りにしろよ」
「お前のその、赤裸の皮膚を治す為には、まずは海の水(塩)を浴びなければいけない。更に丘の頂まで行き、強い風と日光にあたって、じっと寝ていることだ。よいな!」

ウサギは治りたい気持ちと痛さの為に、八十神たちの言う事を素直に聞き、本当にそれをやってみようと思いました。
「本当に本当にありがとうございます。ご親切に感謝します」

八十神たちは「礼には及ばん。では先を急ぐので失礼する」。くすくすと笑いながら兄弟たちは去っていきました。

ウサギは早くこの痛みから解放されたいので、早速海水をおもいっきり浴びました。
すると「ギャーッ」今までよりもひどい痛みが走ります。
泣きながら頭が朦朧としています。しかしそれでも
「いや、丘に登り、風をよく浴び、日光に当たれば、きっと・・・そうだ、そこでじっとしていれば」
しかし、ウサギに起きたことは「ギアァー、ギアァーッ」 更なる激痛が全身を駆け巡ります。我慢など出来ないほどの痛みでした。
風や日光で塩が乾くにつれて、身体全体の皮がよりひどく裂けてきて、ウサギはなす術もなく、痛みに苦しんでもがき、泣いていました。

そこへ大きな袋をかついでトコトコと現れたのはオオナムチでした。
すぐにウサギの泣いているのを見つけ、オオナムチはウサギに優しく聞きました。
「ウサギさん、なぜ泣いているんだい?」

ウサギはこう語りました。
『私はオキノシマ島に住んでいるんです、でもどうしても柔らかい草がたくさんあるこの地に渡りたいと思いながらも、渡る方法がなかなか見つかりませんでした。そして海を見つめていたらワニ(鮫)が海から顔をだしました。そこで思いついたんです。ワニ達を騙して話を持ちかければ渡れるかもしれないと。そして私はさっそくワニ達に話をしにいきました。

「おれ達ウサギ一族も多いけど、君達ワニ一族も数は多いよね。どちらが数が多いんだろうね?あっそうだ、どちらの数が多いか比べてみようではないか?うん、そうしようよ。
ワニさん達は一族の者をできるだけ多く集めてきておくれ。そしてこの島から気多の前まで並んでおくれ。一列に並んでおくれ。そうすれば私がその上を踏んで数えていけば、どちらの一族の数が多いか分かるからね」

すると、ワニたちはすぐにいう事を聞いてくれました。気多の前まで列をなして並んでくれました。
私は「やった、やったこれで因幡に行ける」と思い、ワニ達を踏んで数えながら気多まで渡っていきました。

何事もなく快調にこの地に向かって進んでいきました。あともう一歩で本土の地面です。
嬉しさと「してやった」という気持ちが浮かんできて、私はこの地の地面につく瞬間、ついついこう言ってしまったんです。

「おまえ達はおれの飛び石がわりにさせてもらったんだ。だまされたんだよ、この俺に」
するとその瞬間、最後の列にいるワニが、恐ろしいほどの速さで私をつかまえて、あっという間に毛皮をはがされてしまったんです。

私は痛さとみじめさで泣き崩れていました。するとそこへ八十神たちがやって来たんです。
八十神たちは私を憐み、最後にはこう言いました。「海の水を浴びて、風に当たって日を浴びてじっとしていろ。そうすればすぐに治るであろう」

ですから、私はすぐに言われたとおりにしたんです。そうしたら一層痛みは増して、こんなに体がめちゃくちゃになってしまいました。』

その話を聞いてオオナムチはウサギにこう教えました。
「そうだったのかい。では、今すぐ川へ行って、真水で体を洗い流しなさい。そして、そこにある蒲(がま)の穂の花粉をとって寝床に敷き散らして、その上に寝ころがっていなさい。そうすればおまえの身体はもとのように戻るはずだ」

ウサギはまた今度も教えられた通りに素直にそれをしました。
しばらくすると痛みは消え、毛も生えてきて元通りに身体は治っていました。

ウサギはとても嬉しくてオオナムチにこう言いました。
「本当に本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません。」

更にウサギはオオナムチに言いました。
「お礼と言ってはなんですが、一つあなた様にお話しておきましょう。
八十神たちはヤガミヒメを得ることは決してできません。
袋を背負っておられる、あなたこそがヒメを得るお方でしょう。
ヤガミヒメは八十神ではなく、あなたを選ぶでしょう」と、予言めいた事を言ったのでした。

実際にそのとおりになり、ヤガミヒメは八十神に「あなたたちの言うことは決して聞かない」とはねつけ、逆にオオナムチに言いました。「袋を背負われるあなた様こそが、私をご自分のものにしてください」と。

ワニに毛皮を剥ぎ取られて泣いていたところをオオナムチに助けられるという部分だけが世間に広く知られていますが、ご存知「因幡の白兎」のお話です。

この神話の意味するところは、重い荷物を自らが背負い、苦しみながらも一歩づつ前に進む、己の苦しみよりも苦しむものに対して正しい治療法を与える(この頃の統治者は治療者としての資質も求められていたところがあります)、このような人柄であるオオナムチこそが「この世を統治するものである」という神話ですね。

更にこのお話は根の国神話(ねのくにしんわ)に続きます。

つづく・・・